味の違いがわからなくても、食べていい(完璧を待つ必要はない)

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

 

日本酒が好きな子と、こだわり日本酒の飲食店に行ったら
店主があーだこーだと熱く語り、一緒にいった子はしきりにうなずいている。
あたしは内心、「味の違いがわかりすぎて、つきつめすぎたら商売にならないのでは?」と思っている。

さいきんはそうでもなくなったけれど、
ワインを買ったり、ワインのお店に行くには
ワインのことよく知ってないとその資格ない、ぐらいハードル高い時期あった。

どの分野でも熱心な愛好家がおり、たまさか「よく知っていないとそれを味わう/楽しむ資格はない」というような態度をとられることがあるが、それに屈することはない。

味の細かい違いがわからなかったら、食べもん食べる資格ないんか?

そんなことはない。

けれどもついつい、気がつけば
「自分は習熟していないので、これをしている/語る資格がない」
と自分を狭めている。

いいじゃないか、プロとしてやっていけなくても
気軽に家でダンス踊っておけば。
詳しいことわからなくても、好きな音楽聴いて楽しめば。

失礼なことをSNSなどで公にしなければ、
いろんなひとの作品や言うことを内心で批評しても。

もっと自分を、自由にしていきたい。